2010年5月5日水曜日

海を渡った日本の花(1) ツバキ

ツバキ(ツバキ科) Camellia japonica =日本の

最も早くヨーロッパに移入され鑑賞された日本の植物であろう。中国やインドを経由して運ばれたと思われるが、18世紀初頭にはヨーロッパで栽培されていて、ドイツのドレスデン近郊にある「ピルニッツ城」には樹齢300年以上の古木が、移動式の温室で大事に育てられ、今でも多くの花を着けている(左)。
英国では「冬のバラ」と呼ばれて、色彩乏しい冬を彩る植物として高く評価され、19世紀初めには東洋から多数の品種が茶を運ぶ快速船でもたらされた。しかし喜望峰を回る船旅は最短でも99日もかかるため、生きて到着したツバキは、非常に貴重な植物として、温室で大切に育てられ、花も高価であった。有名な園芸家ロッギングスのロンドン郊外の椿園は花の時期には花見客で大賑わいだった(右:THE ILLUSTRATED LONDON NEWS c1860)。
その後、欧州大陸でもブームとなり、大きな美しい花なのに香りがなく、香水の邪魔をしない事が喜ばれて、フランスではおしゃれな人が身につけていた。小説や歌劇の「椿姫」のモデルとなったマリー・デュプレシ(1824- 1847)は月の25日間は白いツバキで、5日間は赤いツバキで身を飾ったといわれている。花粉が服を汚すのではと心配になるが、サラ・ベルナール主演の「椿姫」のポスター(左図:A.ミシャ 1896)によれば、八重の花が使われていた。

西欧植物版画にも数多く描かれ、私のコレクションの中でも最も多い花であり、イギリスは無論、ドイツ、フランス、ベルギーの図譜に種々の品種が登場する。有名なカーチスのボタニカルマガジンに最初に収載された日本の植物は、一重のツバキ(下左:1788年、銅版手彩色)であったが、やがて唐子咲き(下中:1814年、銅版手彩色)や八重の品種も登場した。フランスの、花を擬人化して描いたグランヴィルの「花の精」では、あでやかな淑女に擬して描かれている(下右:1857年、銅版手彩色)。