大場秀章先生の「草木花ないまぜ帳」 は、数多くの植物の興味深い歴史と広い知識が得られる楽しいコラムであるので、植物に興味ある人はぜひ訪れていただきたい。ただこの連載の2001年6月 「ヤマブキ」の項での「アオキ」の西欧への導入の歴史に関する記述には疑問がある。先生はその中で「最初にアオキを欧州に導入したのはシーボルトで、しかも雄木だけだったので、実がつかず、プラントハンターが開国後に雌木を求めて来日した」とされている。
しかし、資料によれば英国に斑入りの雌木が入ったのはシーボルトより以前の1783年(Curtis: Botanical Magazine 1809)。仏国には1860頃に入ったがそれは雌木のみであった(R.ギョーら:「花の歴史」文庫クセジュ 串田訳 (1965))。ロバート・フォーチュンが開国と共に雄木を求めて来日し、横浜で得た雄木を1861年英国に導入(「幕末日本探訪記-江戸と北京」(1863) 三宅訳)。人工授粉によって真っ赤な実をつけたアオキは、1864年のケンジントンでの博覧会で大センセイションを巻き起こした(Curtis: Botanical Magazine 1865)。おかげで、雄木は雌木の100倍以上の値がつき、また受粉用の雄木の鉢植えのレンタルまであった(A.M.コーツ:「花の西洋史-花木篇」(1971) 白幡訳)。
第111回 歴史地理研究部会2008年における橘セツさん(神戸山手大学)の発表において、日本原産の植物がイギリスへトランスカルチャレーションした例としてアオキを取り上げ、上記の時系列で雌木、雄木の順で英国に導入されたとしている。従って当ブログの (2)アオキの項の記述が正しいように思われる。なお、この件についてはHPの提供元を通じて、先生に連絡をお願いした。
なお、大場先生の著作、「花の男 シーボルト(文春文庫)」「植物学と植物画(八坂書房)」「シーボルト日本植物誌<本文覚書篇>瀬倉訳(八坂書房)」はこのブログを書く上で非常に参考にさせていただいている。また、各植物の「科」は最近発表された先生の「植物分類表(アボック社)」によっている。