アジサイ (アジサイ科) Hydrangea macrophylla = 大きな葉の
世界への日本の植物の紹介に最も貢献した人物は、江戸末期に長崎出島のオランダ商館に医師として来たドイツ人、フォン・シーボルトである。有名な「日本植物誌」(1835)で数多くの日本の植物を美しい多色図版で紹介したばかりではなく、多くの日本の植物を生きたままオランダに持っていき、そこで馴化したうえで、当時としては珍しい通信販売で、美しい日本の花を欧州各地に根付かせようとした。
その彼が最も愛した花がアジサイ。彼が提唱した種小名オタクサは妻お滝さん(右)に因むとも言われていて,大冊の「日本植物誌」のなかでアジサイ属は大きな部分を占める。その中には長い間存在が確認できず、昭和34年ようやく六甲山中に再発見されたシチダンカ H. stellata のような、希少な種まで記載されている。
現在の種小名はツンベルクが彼の「日本植物誌」(1794)でガマズミ科に帰属した時に与えたmacrophyllum の女性形になっているが、その前はバハマのナッソー王女の娘のオルタンス・ド・ナッソーにちなんで「ホルテンシア」であった。たまたまナポレオンの義理の娘でオランダ王妃(左)がこの名前(オルタンス・ド・ボアルネ1783~1837)であったため、彼女に捧げられたと誤解され、高貴な花とされていた。 やがて、イヴット・ジローが唄ったシャンソン「アジサイ娘」のように広く愛され、改良されて、ハイドランジアや西洋アジサイの名前で日本にも色とりどりの多くの品種が輸入されている。
シーボルトも、オタクサの名前は消えても、世界中の窓辺や庭を彩る多様なアジサイの普及に満足していることだろう(左:スコットランド エジンバラ スコット記念碑 2008年9月)。